大判例

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大分地方裁判所 平成元年(ワ)351号 判決

原告

前田春子

被告

北津留千恵子

主文

被告は原告に対し、金三一七万〇九一四円及び内金二八七万〇九一四円に対する昭和六二年九月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は、第一項に限り仮りに執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、金四五〇万円及び内金四一〇万円に対する昭和六二年九月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

第二事案の概要

本件は、原被告双方が原動機付自転車(以下原付という)を運転して交差点に進入したところ、出合頭に衝突し、原告が転倒して負傷したとして、自賠法三条により損害賠償を請求したものである。

一  (争いのない事実)

1  原告は、昭和六一年一月九日午前一〇時三〇分ころ、原付を運転して、大分市長浜町二丁目七番四号矢野学一方先交差点に進入したところ、左方道路から進入して来た被告運転の原付に出合頭に衝突されて転倒し、頚椎捻挫・腰部打撲・左肩左肘左手首打撲・左下腿左膝左足首打撲の障害を受けた。

2  被告には、本件事故につき、自賠法三条の運行供用者責任がある。

3  原告には、被告から後遺障害を除く障害について、示談金名下に一五〇万円の支払を受けた。

二  (争点)

1  後遺障害について

原告は、症状固定日である昭和六二年九月二九日、外傷性胸郭出口症候群の後遺障害が確定し、右障害により左腕に圧痛しびれとともに肩関節の機能障害が生じ、右障害は、後遺障害別等級表の一二級に該当する、と主張するのに対し、被告は、大分中央外科病院において、前記一の1記載の傷病診断がなされ、昭和六一年三月三一日をもつて治癒の診断がなされているので、本件事故と外傷性胸郭出口症候群との間には相当因果関係はなく、同年四月一日以降の治療について被告には責任がない、と主張する。

2  損害について

原告は、右後遺障害を前提として、後遺症慰謝料二四〇万円及び後遺症逸失利益八二〇万二六一五円の合計一〇六〇万二六一五円の内金四一〇万円と弁護士費用四〇万円を請求するのに対し、被告はこれを争う。

3  過失相殺について

〈1〉 原告は、被告の進行してきた道路側に一時停止の標識があり、かつ原告が先に交差点に進入したので、交差点通過の優先権があるのに、被告がこれらをいずれも無視して交差点に進入し、本件事故を発生させたとして、原告一割、被告九割の過失割合を主張し、被告は、交差道路を通過する際の優先権は、左方道路を通行する側にあり、本件の場合はこれが被告の側にあるのに、原告がこれを無視して交差点に進入し、本件事故を発生させたとして、原告六割、被告四割の過失割合を主張する。

〈2〉 被告は、原告のために治療費一四二万九八一六円を支払ずみであるが、右金員のうち原告の前記過失六割相当額八五万七八八九円は原告が負担すべき金額であるから、被告の支払うべき額のうち、右金額と対当額において相殺する旨主張し、原告は、治療費の支払については、昭和六二年九月一一日成立の示談で、全額被告の負担とする約束であつた旨主張する。

第三争点に対する判断

一  後遺障害について

証拠(甲二、三、四の四、四の七ないし九、五、証人木田浩隆及び原告本人)によれば、本件事故の態様は、時速約二〇キロメートルで走行する原告の原付の後輪に、時速約一五キロメートルで走行する被告の原付の前輪が左側からほぼ直角に衝突したものであり、この事故により原告は、衝突地点から約四・三メートル走行したところで左側に倒れ、左肩及び左腕付近を直接道路に打ちつける形で転倒したこと、原告は、本件事故直後に大分中村病院で、左手打撲擦過傷、左肩打撲により約一週間の通院加療を要するとの診断を受け、その後同月一四日、同病院で、右足関節打撲により、同日から再び約一週間の通院加療を要するとの再診断を受けたこと、原告は、同年二月四日、大分中央外科病院に転院し、第二の一の1記載の病名による診断を受け、同日から三月一〇日まで三五日間入院し、以後三月三一日まで通院(実日数一五日)したところ、五月二〇日、同病院の医師から「当院は治癒となる」との診断を受けたこと、しかしその後も、原告は、左肩や左上腕から左手指にかけてのしびれや疼痛に悩まされたことから、大分赤十字病院において診察を受けたところ、外傷性頸部症候群により反射性、二次性に胸郭出口症候群を生じたとして、外傷性胸郭出口症候群の傷病名により、昭和六二年一月二〇日から三月三一日までと五月七日から七月四日までの二度入院し、その間の一月二八日と五月一三日の二回に亘り左胸郭出口部分の外科的手術を受けたこと、ところで、胸郭出口症候群とは、上腕神経叢や鎖骨下動脈が、側頸部、胸郭上口から肩関節にかけて、解剖学的に狭い部分を通るために、周辺の筋や骨に圧迫され、患側上肢の神経血管圧迫症状(しびれ、疼痛等)を呈する状態を言い、これらの外科的治療法としては、頸肋切断術や前斜角筋切断術、鎖骨切断術、第一肋骨切断術などがあること、この疾患は、ピアノを弾くなどの手を上げて行う動作を継続したり、或いは、コンピーターやパソコンの仕事とか、キーパンチヤーや電話交換手などの手を使う職業によつて誘発されやすく、若い女性や中年の女性に比較的多く見られるが、同じ仕事をした人でも罹患する人としない人があること、原告は、中学卒業以来約二〇年近くにわたつて美容師の仕事に従事してきたものであるが、一般的に言つて、美容師の仕事も右疾患を誘発する職業の一形態であること、また多くの場合、頚椎を捻挫してこれが長引く場合は、頸椎の椎間板に障害を残す頸椎・椎間板ヘルニアと胸郭出口症候群との二通りの疾患が考えられるが、二次性(外傷性)に生じて、しびれ等の神経症状を残すのは、前者でなく後者の場合が殆どであること、外傷性頸部症候群から二次性(外傷性)胸郭出口症候群が生じる臨床例は、交通事故に関連して多く見られるものの、その発生機序は判然とせず、症状は手のしびれや脱力感が代表的なものであること、ところで、原告は、前記のとおり、昭和六一年二月四日、大分中央外科病院において、本件事故に起因する傷病の一つとして頸椎捻挫と診断され、左頸部より背部、左上腕部に放散する疼痛が持続したことが指摘されていること、その後も原告は、前記のとおり、左肩や左上腕から左手指にかけてのしびれや疼痛に悩まされていたことから、大分赤十字病院において、外傷性胸郭出口症候群の診断を受け、昭和六二年一月二八日と五月一三日の二回に亘つて、左胸郭出口部分のうち第一肋骨を切除する外科的手術を受けたこと、しかし、この手術により疼痛から来る不眠や食欲不振等の症状は軽減したものの、その余の症状を除去するには至らず、原告にはなお自覚症状として、左項部痛、頸椎運動制限、運動痛、左肩甲背部痛、左上肢から左手指にかけてのしびれ、疼痛、左肩運動制限、運動痛等が残つたこと、また原告には、昭和六二年九月二九日の時点でもなお、後遺障害の他覚症状として、まず頸椎可動域減少があり、頸椎の運動が前屈一五度、右屈一五度、右回旋四〇度に対し、後屈一〇度、左屈〇度、左回旋三〇度にそれぞれ制限されていること、左肩から左手指までの左手全体にかけて知覚鈍麻があること、左側頸部、肩甲背部及び左鎖骨嵩に圧痛が著明であること、左手の握力が低下し、右二五キログラムに対し左は八キログロムしかないこと、さらに左肩の運動にも制限があつて、屈曲が右は他動自動とも一六〇度あるのに対し、左は他動一四〇度自動九〇度に、伸展が右は他動自動とも七五度あるのに対し、左は他動四〇度自動三〇度に、外転が右は他動自動とも一六〇度あるのに対し、左は他動一二〇度自動八〇度に、内転が右は他動自動とも六〇度あるのに対し、左は他動六〇度自動三〇度に、外旋が他動自動とも七〇度あるのに対し、左は他動六〇度自動五〇度に、それそれ制限されていて、左肩の運動機能の面に障害が残つていること、そして、これらの後遺障害は総合的にみると、左腕神経叢不全麻痺の状態であり、これは、二回の手術による第一肋骨切除後の前、中斜角筋部での癒着がその原因の一部をなしていること、そこで、大分赤十字病院の医師は、これまでの経過に鑑みて、再度癒着剥離などの手術を行わない限り、原告の愁訴の改善はないものと考え、昭和六二年九月二九日をもつて、本件事故による傷害の症状固定日としたこと、他方、原告は、本件事故以外には、右症状固定日までの間に、頸椎や左骨、左腕全体に対して何らかの障害を残すような事故や傷害などを受けたことは一切なかつたこと、以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右の事実によれば、本件事故の態様が原告車の後輪に対して被告車が左側からほぼ直角の形で衝突したというものであるから、原告は、左後ろ側面に加重を受けて、その衝撃により左側に転倒したものであり、このような衝突と転倒の形態及び前認定の双方のスピードからすれば、当然その頸椎部にも異常な荷重を受けて頸椎捻挫の傷害を負つたであろうし、その部分に何らかの障害が残つたとしても不思議ではない。さらに、原告は、左肩及び左腕付近を直接路面に打ちつける形で転倒しているのであるから、左肩及び左腕全体に何らかの障害を残したとしても、これまた不自然とは言えない。確かに、大分中村病院や大分中央外科病院の各診断に照らして見る限り、原告の受傷は、通院加療か若しくは短期の入通院でも治癒可能な程度の傷害であつたと言えなくはないし、従つて、本件事故と前認定の後遺障害との間に相当因果関係はないと言えるかもしれない。しかしながら、原告は、右両病院の治療を受けた後も、依然として左肩や左上腕から左手指にかけてのしびれや疼痛に悩まされていたことは明らかであるから、本件事故以外にその原因が他に明確に存在し、かつそれが唯一の原因であることを立証しない限り、右両病院の各診断のみをもつては、本件事故と前認定の後遺障害との間の相当因果関係を全面的に否定することはできないというべきである。従つて、本件事故による原告の後遺障害は、前認定の昭和六二年九月二九日時点における他覚症状にみられる症状を措いて他になく、症状固定日も右同日とするのに何ら不合理な点はないというべきであるから、これを後遺障害別等級表に照らして考えると、一応一二級の六号又は一二号に該当するものと解するのが相当である。ところで、原告は、大分赤十字病院において、外傷性胸郭出口症候群の診断を受けているものの、胸郭出口症候群そのものは、よく手を上げて仕事をするような職業に誘発されて発症する、一種職業病的側面のあることは前認定のとおりであるから、原告の胸郭出口症候群が、外傷性、二次性に生じたとはいつても、本件事故前約二〇年近くにわたつて原告が従事していた美容師の仕事と全く無関係と言えるかどうかが問題となる。しかし、この点については、本件全証拠によつても、肯定否定いずれの資料もこれを見出すことはできないのである。さらに、原告には、前認定の後遺障害の内容である他覚症状が認められるが、これらの後遺障害は、総合的にいえば、左腕神経叢不全麻痺の状態であり、その原因の一部には、第一肋骨切除という手術後の前、中斜角筋部での癒着があり、再度癒着剥離などの手術を行わない限り、原告の愁訴の改善は望めないというのである。そうだとすると、昭和六二年九月二九日時点で発現している後遺障害の全部を本件事故に係らしめるということは相当でないというべく、むしろ、前認定の原告の治療経過に鑑みて、右後遺障害は、本件事故に起因して発症している部分のほかに、美容師の仕事に関係して発症している部分と、第一肋骨切除の手術に関連して現に残存している部分とによつて組成された複合的な病態と考えるのが相当である。そして、本件事案の内容や事故態様、治療経過、後遺症の部位、程度、原告の職業や年齢性別その他諸般の事情を斟酌すると、昭和六二年九月二九日現在の後遺障害のうち、本件事故がその発症に寄与している割合は、五〇パーセントであると解するのが相当である。

二  損害について

1  後遺症慰謝料

前記一の諸事情を総合勘案すれば、原告の本件事故による後遺障害に基づく後遺症慰謝料は、寄与率等を考慮して一二〇万円とするのが相当である。

2  後遺症逸失利益

前顕証拠及び前認定の事実によれば、原告は、症状固定時三六歳の美容師であり、かつ主婦でもあるので、六七歳まで就労可能であつて、少なくとも賃金センサス昭和六二年第一巻第一表企業規模計女子労働者学歴計(三五―三九歳)による平均給与一か月一八万七五〇〇円の収入があつたものと推認することができる。また前認定のとおり、原告の後遺障害は、一二級に該当すると認められるので、労働能力喪失率は一四パーセントと解するのが相当である。そこで、以上により、中間利息の控除について新ホフマン方式を採用して計算すると、原告の逸失利益は、五八〇万二六一五円となるが、前記のとおり、本件事故の後遺障害に対する寄与率は五〇パーセントと解するのが相当であるから、結局、原告の後遺症逸失利益は、二九〇万一〇三七円とするのが相当である。

3  弁護士費用

原告が本件訴訟を余儀なくされていること、本件事案の内容、事故の態様、認容額その他諸般の事情を斟酌するならば、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、三〇万円をもつて相当と認める。

三  過失相殺について

1  前顕証拠によれば、本件交差点は、原告にとつては、進行方向左側角のブロツク塀が邪魔になつて左方道路の見通しを悪くし、また被告にとつては、進行方向右側角のブロツク塀が右方道路の見通しを遮つている状態で、いずれの側からも見通しが極めて悪いこと及び前認定の本件事故の態様その他諸般の事情を考慮すると、原告と被告の過失割合は、原告三割、被告七割と解するのが相当である。

2  乙二によれば、原告の治療費については、その全額を被告が支払うことを約する旨の示談が、昭和六二年九月一一日、原被告間に成立していることが認められ、これに反する証拠はない。

四  結論

以上によれば、後遺症慰謝料一二〇万円と逸失利益二九〇万一三〇七円との合計四一〇万一三〇七円についてのみ過失相殺し、これに弁護士費用を加算すると、原告は、被告に対し、三一七万〇九一四円の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山口毅彦)

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